君の名は。とシン・ゴジラ

見てきましたョ。

本当に真逆な大作で。

でも一方で、
震災を受けて、その後の娯楽として、
…私たちが負っている心の傷を、何らかの形で昇華できないか?
という試行錯誤は両者に感じたのでした。

シン・ゴジラ
「精緻なジオラマがリアルに動く」をどこまでもつきつめた感じの作品かな。
すべてのコマがまるでホンモノのように動く怪獣人形遊び…と言うのがいいのかな。
暮らしている人は逃げ惑うし、建屋は物理に従い大破する。
政治家はホンモノのように政治をするし、軍はホンモノのよに防衛しようとする。
ある意味、特撮の本懐なのかもしれないね。
死者/行方不明者数が出ない、というあたりが批判されるわけですが、
「少年が人形で遊んでいる」と幻視するならば、そのあたりオミットもされるのかもしれない。

政治家の政治劇、ヒューマンドラマと思うと、三谷幸喜ばりのものを期待してしまうとちょっと足りない。
ハリウッドばりのパニックホラー、と思うと、被災描写、残虐描写が不足しているように見える。
ヒロイックアクション、と思うと、強力無比な武器による逆襲…とか足りないように見える。

社会派の皮を被ったから、いろいろ言われるけど、
「大人が湯水のようにお金つかって人形遊びしてる」
「もっとやれ!と喜ぶ私たち」
と考えると、いちばん辻褄があう感じがする。

シン・ゴジラはことごとく震災や昨今の情勢をカリカチュアする要素が盛られているわけですが、
政治家・官僚たちが最善を尽くそうとして事態を収拾する展開になっており、
そこが「震災後」作品として、客の背中を押そうとしているわけだが、
押される客の側が、当時の失政を追求する視点を持っているひとだったりすると
「勝手に美談にするな!」となったりもするわけで、なんとも、
その物語構造でカタルシスを得られるかは、すっごく人を選ぶよな、と思いました。

君の名は。

男女入れ替わり。ポップでライト、健全なエロ(なんじゃそりゃ)。
恐ろしい。異性への興味というのはそれだけでこんなにも作品を眩しくするのかしら。
いくつかのギミックが施され、徐々に謎が解けていくわけだけれど、
こちらもかなりの規模の大災害がテーマの中核に。
セカイ系のひとつ、と言うべきか、
世界の危機を知るのは主人公だけ、止められるのも主人公だけ!
という、王道の展開です。
映画を見てるキミと同じ、とりえのない、社会的地位もない主人公が、世界の命運を賭けて戦うのだ。…

プロフェッショナルのプロフェッショナルらしさを愛でるシン・ゴジラとは真逆ね。

震災の記憶に対して、その心の傷をどう漱ぐか…という意味では、
君の名は。のアプローチのほうが素直でわかりやすくは思います。
現実はお話のようにはいかないんですけども。それでもね。

しかしスマホやらSNSやらのある時代、こんなにもSF制約を課さなければ「すれ違い」が難しいのか…
うーん。

私は結局、スケベなおじさんなので、どっちのほうがドキドキしたかというと、君の名は。かなあ…?