いよいよ一週間前ですな。楽しみでもあり、不安でもあり。

ガルパン最終章

正しく第二期、という感じ。第二期の1話・2話、かな。

変なゴージャス感出してこなかったのがよかったし、一貫して公式二次創作の内容も拾わないでいるのもよい。
(私の場合リボンの武者は別物としてOKだけど、バリアンテは別物ともみなせないし内容も合わない私。逆な人もいるでしょうし)

正しく「一次創作でできること(ちょっとずつの新設定、新キャラ、新戦車)」をしっかりしてるし、今後しようとしている(他チームの代替わり・成長)伏線が撒かれている。

浪人(かも)・一芸入試という展開は事前予想はできず(ドラマCD聞いてたらあるいは?)でしたが、のっけから爆笑できてよろしかったのでは。
そして、まさかのMK.IVでやんす。映像の世紀とか歴史の教科書でしか見たことないよ。

なんというか…最終と銘打ってるけど全然最終になる気がしない…!

感想をお伝えしたところ、(追々記)

本書は「芝村さんのスーパーウルトラ難易度高いセッション」を想定として書かれている旨のコメントをいただきました。
https://twitter.com/match_bo/status/819283524767227904

Aの魔法陣というゲームは、乱暴な言い方をするならば、
「普通のTRPGを遊んでいて、用意されているルールでの解決ができない事柄について背景をデザインしなければならなくなった/行動の成否を判定しなければならなくなった。どうしようか?」
そんなときに行われるであろう相談・合議のプロセスを、余分をそぎ落とし、シンプルな数理モデルに落とし込み、作法も含めてクリアに明文化したものです。
「むしろこの枠組みだけで、世界観も構築できるし行為判定もすべて処理できるんじゃね?」…な勢いのものです。

Aの魔法陣の特長として、

  • 詳細厳格な世界観やデータ・確率モデルなどを持たない…が、
  • SDとプレイヤーの理解・認識をすり合わせる作法をルールとして明記しており、
  • プロセスをフェイズに明示して定型化しているので、
  • たとえ卓ごと・SDごとに世界観やら裁定の匙加減やらがちがったとしても、ルールの作法と手順をまもってやりとりすれば、自然と、「差異のあるままに」卓のプレイスタイルが収束していく!

点があります。
これは非常に大きな特徴で、それゆえに芝村先生自身が「ピーキーだが類まれなる軽量さを誇るシステム」と評しています。

…ということは、
「(SDが誰であるか不問の)Aの魔法陣のプレイングガイド」と
「(SDとして主に芝村先生を想定し、エース難度での裁定を想定した)Aの魔法陣のプレイングガイド」では、
だいぶ趣が変わる(少なくとも前者の内容に含まれない、後者限定の内容が含まれる)ことは間違いありません。

すべての行き違いに納得しました。

納得するとともに、であるならば、と、執筆のご苦労がおありだろうことを脇に置いて読者として勝手に期待してしまうのですが、…

why項を拡充することで、エース難度の何たるかを分析・浮き彫り・すかし彫りにしつくしたものをぜひ見てみたいですし、逆に自分がSDとしてエース難度のゲームを構築して回そうと思ったならば、どう難易度を設計・設定し、どう行動宣言に対しての裁定をジャッジするかの思考過程も知りたいところです。

あるいは逆に、「いやいやそうじゃないんだ、コンベンションで、あるいは公開オンセで、芝村先生SDのゲームでいかにプレイヤーとしてたくましく戦うか、そこ一点に集約した解説なんだ」ということであれば、ぜひ芝村先生のセッションを、芝村先生の思考法を、微に入り細に入り分析したwhy項が見てみたい。

そんな勝手なことを考えてしまいました。

私にとって良かったところ(追記)

自分なりに公式書籍や他プレイログを読み、解析し、理解したことについて、確認が出来たことでしょう。
理解できた項目については、ほとんど、その通り、と思えるものでした。
理解がついていっていない項目も、ソフトウェア工学特有の言い回し(元ネタの文体・用語)に引っ張られた表現になっているためにわかりにくくなっているだけで、もし言い換えられたら、自分の理解と違わない…のではなかろうか?と推察される部分が多くありました。

Aマホ自体が、いったい何をしているのか、説明するのが難しい(さして難しいことをしているわけではないはずなのに)もののようにも思いますので、Aマホを語る以上は避け得ないことなのかも、しれません。

読み手(私)側の問題

自プレイグループのプレイスタイルについて、自分なりに悩んでいることがあるのに対して、何かしらヒントがあるかな? というところだったわけですが…

私の悩みが、以下前置きにある

・行動宣言内容によって状況が変わって、難易度が急激に上がった。
・行動宣言を提出したが失敗に終わった。
・行動宣言内容を人に見てもらったら、分かりにくいと言われた。
・行動宣言内容を後で見返すと、見にくさに愕然とした。
・行動宣言内容を整理すると、何もしていなかったことに気付いた。
・セッションデータを修正してプレーしたら、予想外の展開が頻発した。
・セッションデータに機能を追加しようとしても、どこを修正していいかわからない。
・セッションデータに機能を追加しようとしても、その余地がどこにもない。
・セッションデータの環境設定を変更したら、全体的に書き直しになった。

に合致しなかった時点で、仕方なかったところはあるのかもしれません。

違和感を感じた項目

さきほど挙げた、

  • プログラミングのセオリーとしては理解できるが、物語創成を目的とするTRPGのセオリーとしては納得できない項目

がこれにあたります。いくつか拾いますと、

  • 行動宣言の再利用
    • 頻繁に、行動宣言の再利用を助けることを目的として、行動宣言を簡素化・減量することが推奨されます。ですが、世界観・キャラクター性を掘り下げることを楽しみたい場合において、簡素化・減量を積極的には励行したくありません(5w1hなど「読みやすい作文」のテクニックが守られているならば、ですが)。行動宣言って、再利用することはあるんでしょうか?
  • 複数の処理の連なりに名前を付け、以降の記述を省略する
    • 略名はプレイグループ内全員の合意が必要、プレイヤーの独断で実行するのは危険に感じました。また、描写粒度のコントロールを指すのであれば、それは卓で「物語をどう楽しみたいか」に直結する話で、粒度を荒くすることだけが推奨されることには違和感を感じます。